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型がないのは納得いかないね

今は動的言語が幅をきかせているのでこういう事は言いづらいけれど、
言いたくなる事もある。

いや、勿論動的言語には型がない訳じゃない。
型を意識しなくても書けてしまう事が問題。

静的言語においてはどうしてもtype-safe(型安全)を求めたいし求められると思う。
型を意識せずして何かを行う事はできないし、
何をどういう型で受け、どういう型で渡すべきかをインターフェイスとして考えさせられる。
それは「何をどう受けるか」「何をどう渡すか」となる。
「どう」が「型」であると考える。


その点、型を考えなくても良い言語においては、
結局のところ「何を受けるか」「何を渡すか」になり、
「どう」という部分は抜け落ちてしまうんじゃないか?

ってな事を思ってしまう。

確かに動的言語は小規模なものを構築するには便利なんだろうけれど、
ソースの数が400とか500とかなってきたときに、
どうも空恐ろしさを感じるように思う。

とはいえ、テスト駆動で解決してしまえる問題なのかもしれないけれど。

と、「C++言語のカラクリ」を読んで思った次第。
タイトルは「C++のカラクリ」が良かったなあ。(既にあるけれど)

C++言語のカラクリ 誕生の秘密と舞台裏

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