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お前は実装の達人になってから現場に赴くのか?

元ネタはベルセルクの「お前は剣術の達人になってから戦場に赴くのか?」だったような気がしますが定かではありません。
多分、ガッツ(熟達の剣士)が未熟な剣を振るうイシドロ(未熟な剣士)に言った言葉。
要するに戦場に赴くのなら「お前はいまお前にできることをしろ」って事ですな。


似たような事を思う事が僕にもあって、
「本を読み鍛錬を積み重ねその知識を把握してからプログラムを書くべきか」
「ただ目の前にある実装を片付けるべく邁進すべきか」
と考えたりします。
仕事のコードでなくても、
休日でも時間があるときはコードを書こうか、
本を読もうか迷ったりするわけです。


要するに常に
適切な知識を身につけたり適切なコードを書けるようになってからコードを書くべきかや?
という葛藤があります。
反面、コードを書かずに成果を出さなければ意味はないよな、という思いもあります。


これは剣術でもそうですが、
ただただ何もしらない剣を振り回す事しか出来ない剣士が戦場で肩を並べて戦ったところで
はなはだ迷惑なだけ、ということがあります。
ので、腕を磨く必要がありますが、
いかな剣術の使い手でもその剣を持って何かを為さなければ意味はありません。

どう動いて良いか分からない、
どう戦ってよいかわからない、
連携もとれず、ただの足手まといは戦場にはいらないです。
が、
戦場に立たなければ何の役にも立たないのです。


そういう意味では「自分は自分にできることをただすべき」なのかなと思いました。
結局のところ、どれだけ時を費やそうともどれだけ腕を磨こうと満足できる事なんていうのは訪れないのかもしれず、
そうなのであれば、ただただ自分が置かれた立場において足掻きながらも最善を尽くす事をせねばならない。

そう、現場も戦場なのですよ。
「射撃しつつ前進」ではないけれど、
配置を見極め、自分ができる事をしり、仲間ができる事をしり、せねばならない事を理解し、
肩を並べて、背中を預けて戦うのが現場のプログラマなのかもしれないな、
と思ったりしました。




追記:
元ネタはベルセルク24巻
「達人にでもなるのを待ってから戦場にでるつもりか? 気の長げェ話だな」
でした。うろ覚えすみません。
そして、ポイントくださった方、ありがとうございます!