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蹂躙されるソフトウェアの価値

「高価だからプラグインである必要性」って、プラグイン開発者を炊きつけるどころか萎えさせるってことに気づいて欲しい。プラグイン作ってもシェアウェアだったら買わないんでしょ、どうせ。」

という言葉を紹介されて考えることがあった。

これは少なくとも適切な価値を持つものには適正な対価が支払われるべきと(僕は)思う。
優れた無償のソフトが有償になった瞬間見向きもされない、なんて悲しむべきことだし、
プラグインだろうと何だろうと同じで、
製品版、ないしはシェアウェアなどであってもクラックなどの不正な手段で使われるべきでもない。

ただ、
「フリーだから使うんだよ」っていう人もいると思うし、
「フリーをベースにしたソフトにお金を払うのは、すこし複雑な気分」というのも見かけたりするし、
「復元」がシェアウェア化したときも同じような事を抱いた人がいたのではないかと思う。

人がそのものに対しどうしてお金を払いたくないのか、っていうのは説明するまでもないことだけれど、
僕にもその気持ちがあるけれども、
それでも価値があるものには払われるべきと思う。

そうでなければならないのはモノを作ったことがある開発者であれば分かるはずだ。

僕が本質的にWinnyやShareなどの技術と相容れないのは恐らくここの部分を蹂躙しようとするのに十分な力を持った技術だからだろうと思う。
また、お金を払わなくても手に入るじゃないか、という気持ちを助長するのに十分なものだからだ。

加えて、ソフトウェアだけでなく、映像であろうと漫画であろうとゲームであろうと、これはやっぱり同じで、対価を支払わずに享受しようとする気持ちが許せないのだと思う。
シリアル集、クラック、キージェネ、様々なものが氾濫しており、ゲームのROMイメージやDVDイメージまでが発売日に氾濫する世の中ではあるけれども、きれい事かもしれないが払わなければならないと思ったときに支払えるべき自分でいたいと思う。

そして、例え無料のソフト、サービスであってもそれに関わっている人への感謝を忘れるべきではない。