どんな会社が最適なのか?

「へんな会社」のつくり方 (NT2X)

「へんな会社」のつくり方 (NT2X)


 遅ればせながら読んだ。


 で、結論。どんな会社が最適なのかはみんなで考えることだということ。はてなが最適という人がいれば、はてなはだめだ、という人がいて当たり前。
 和に馴染めない人間もいれば、積極的に混ざろうとする人もいるし、中庸を貫く人もいる。人はそれぞれ、みんないろんな考えを持ってる。

 だから、常に誰にとってもの最適はない。最適を求めることは不可能なんだ。でも、近しい最適を持つ人を集めることはできる。

 著書の中で感じた「採用予定の人を呼んでボードゲームをすることがあります」はちょっと強い興味を惹かれた。
 面接でボードゲーム(カードゲーム)をやるのっておもしろいかもなって。たとえば「6ニムト」なんてどう?>ゲーム会社の人

 前の会社はゲーム会社だったのでよくボードゲームやカードゲームをやっていた。
 僕は「カタン」とか「操り人形」が好きだったかな。
 ゲーム会社だからやっていた、という訳でもなくてゲームが好きだからやっていた、という側面の方が強いのだろうけど、ゲームに対するプレイの仕方って本当に人をよく表すとおもう。

 この本の中にも「高校での講演の際に大富豪をやらせた」という記述があるけれども、ゲームに対する姿勢というのは日々に対する姿勢を表している、といっても過言ではない。
 以前の会社ではよく新しいボードゲームを持ち出していやっていたので、そのルールに対する適応力、プレイに対する反応、勝利に対する意欲、負けていてもゲームを楽しめるか、という心構え、それらがとても鍛えられた気がする。
 僕はある種イリーガルな勝ち方を好むので、割と怒られたり諭されたりしていた。とりあえずやってみようという思いつきで動くがそれが勝利に直結しなかったりするのが良くない。(特定の作戦の妨害など含む)
 多角的に考え、うまく「それ(=作戦や手腕)」をこなすことが求められているんだろうなと。要するにどんな効果的で強い作戦でも、場を読まないと意味がないということ。これはおおむね、人間と関わる場では必要なことだから。正論だからなんとしても通して良いというわけではないんだよね。


 ゲーム会社は出向を除けばそこしか知らないわけだけど、みんなでゲームをするってことは凄く意味があると思っている。
 まぁ、普通のゲーム会社だったらやっていることなのかもしれないけどね。ちょっと懐かしかったことであるよ。