マスコミの情報なんて恣意的なもんだよ、鵜呑みにすんな

 朝のテレビ番組を見ていて思うこととブログを見ていて思う事は似ている事に気づいた。
 勿論マスコミの持つ恣意性*1というものは組織的な意味合いをたっぷりと含んでいて、カメラワークやモンタージュ、カットなどによる都合の良い誘導性を持つものに他ならない訳だが『ブログ』だってそうした方向性がないとは限らない。
 芸能人やら何やらが発しているブログにはそれなりの意図と方向性があるだろうし、個人が発しているブログだって当然微力ながらも必ず方向性を持つ。
 そもそも「発する」ということは自身に都合の悪い部分はいくらでも隠蔽可能で、事実とされている事さえ、いくらでも捏造可能だ。
 要するにそうした情報や文言を掬い上げる方々が「その情報の真偽」について常に疑問を抱かなければならないのは、マスコミだろうと個人のブログだろうと同じ事だ。
 背景に金銭があるかないか、というのはあるだろうが「その個人のブログの背景に金銭がないと誰がいえるのか?」、また金銭が介在しないからこそ余計に質が悪いとはいえないか?


 僕は朝起きてから、珈琲を淹れるためのお湯を沸かす準備をしてテレビ*2をつける以外にテレビ番組を全く見なくなった。それは、テレビが発する情報に価値を感じないからであり、テレビを見る事に時間を使う事を惜しむからに他ならない。
 こうしてテレビを見なくても少しも困らない生活を続けているが、実際、上司との雑談や女子社員同士の会話などについていけないと困る人もいるだろうから、テレビを見るのはやめようと発する気はない。
 同じようにブログだって読まなくても何も変わらないだろう。が、事実自分はブログを読んでいる。こうした生活を続けていると、いつの間にかブログの誘導性に絡め取られ、知らず知らずのうちに誤った情報を植え付けられてしまうようになるかもしれないな、と思った。
 まぁ、自分の体験以外の情報は鵜呑みにしてはいけないし、ブログとテレビに違いなんてそうはないってことだ。映画だって本だって一緒だし。
 要するにテレビを見るのをやめないか、という話を見てそう思った次第。そう思うのなら自分の身の回りの情報は全て遮断すべきだろ、ってことだ。

*1:あえて意図的ではない

*2:めざましテレビ