ゲームの畑の人たちが駄目なワケ

 以前、漫画家の鈴木みそが「ゲーム専門学校から見た風景」という漫画を描いてその悲惨すぎる状況に皆が呆れたということがありますが、この漫画に描かれている実情はかなり真実に近いと言わざるを得ないと思います。
 一言で言えば専門学校はやる気も技術もない駄目人間の掃きだめだということ。

 どうしてかというと言ってしまえば「ゲームを創りたい」から「プログラム」を選択している人が多いからですね。
 「良いゲーム≠良いプログラム」ではありません。たとえば「ゲームとして」技術的に見栄えがするからといってソースコードが美しかったり「プログラムとして」技術的に卓越しているワケでもありません。0とは言いませんけどね。
 要するに「優れたゲーム」を創ろうとするベクトルと「優れたプログラム」は広く重なっていません。
 必然的に「勉強」という名の名目で「ゲームをプレイする=ゲームで遊ぶ」人間は増えますが、プログラムの勉強をしようと専門書を紐解く人間は少なくなります。

 専門学校も「動けば良い」ということを前提に教えるのでテンプレートとなるソースコードを渡しそれを書き換えさせる事を主にやります。それすら出来ず学校に来てゲームで遊んでいる人間が大多数の中、何とか動くものを作り上げることができた人間が開発会社に出荷されますが、学校で与えられた知識は「動く」というものを創るということだけで、そこから先に勉強をする事と言えば「ゲームで遊ぶ」事なのでプログラムの技術はさっぱり上達しません。

 みんながみんな駄目というワケではないとしても、危機感を抱いている人間は少ないですし、自分を研磨するという意識に欠けている業界だといえます。
 まぁ、経験上なので全部が全部腐っているわけではないのでしょうけれども。